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七郷堀をたどって(3)

2022年11月5日 「七郷堀をたどって(1)(2)」の補足です。

七郷堀の取水口、愛宕堰を愛宕橋から見てきました。(撮影日 2022年11月4日、地点L)

若林区役所付近から取水口まで見てきましたが、その先(仙台市東部)の七郷堀をたどってみたいと思います。

スーパーの北側を通り、国道4号線バイパスへ向かって流れていきます。(撮影地点A A’)

途中、若林消防署のある道の下を流れていきます。この付近は、遠見塚です。
近くには、遠見塚古墳があり散歩コースにしています。(撮影地点M)

数百メートルほどバイパスと並行して流れ、荒浜方面に行く道とバイパスの交差点の下を東に流れていきます。(撮影地点N)

バイパスを越えた地域は、蒲町、荒井、六丁目、伊在、長喜城、霞目、荒浜になります。
堀の名前にもなっている七郷地区です。この先で、流れは分岐していきます。
今回、残念だった事。
農業用水の利用がない非灌漑期(冬期)には水が流れないため、堀に水がなかったことです。

七郷堀をたどって(2)

2022年11月2日 「七郷堀をたどって(1)」の続きです。

前回は、スーパーから養種園跡(若林区役所)、七郷堀・鞍配堀分水堰までした。
今回は、JR新幹線・東北本線の下を通り広瀬川の取水口まで行きます。(撮影日 2022年10月30日)

JRの高架橋を越えたあたりが南染師町です。(撮影地点G・H)
ここ南染師町は、伊達藩のお抱え染師が住んでいた場所であり、七郷堀を利用して染物をしていたそうです。

大きな通り(昭和市電通り)を横切ります。
七郷堀を渡る道には、橋の名前「蔵前橋」がついています。(撮影地点I)
ここの地名が舟丁といい、船溜まりがあり水運が盛んに行われた場所です。

この先には、七郷堀と六郷堀を分ける堰があります。(撮影地点J)

広瀬川に向かって右方向(上流)に愛宕橋、コンクリートブロックで作られた愛宕堰があります。
(撮影地点K)

現代では、コンクリートで補強された堀ですが・・・
400年以上も維持されてきたのは素晴らしいことと思います。
これからも大切に後世に伝えてほしいものです。

七郷堀をたどって(1)

2022年10月31日 気になっていたご近所の側溝。

地図で調べたら、伊達政宗の時代に作られた七郷堀だった。
(2022年9月1日の投稿「調べてみたら面白い」で紹介)
近くのスーパーから広瀬川の取水口まで堀沿いに歩いてみた。(撮影日 2022年10月30日)

七郷堀は、広瀬川・愛宕橋下流の取水口から東に向かって掘られています。
伊達政宗が城下町を作った時代(1601~)に整備されたといわれ、農業用水として使われ米の増産がされました。
堀の名前「七郷」とは、この用水を利用していた村7つを指しています。

7つの村? 分かりません
南小泉、蒲町、荒井、六丁目、伊在、長喜城、霞目、荒浜
(荒浜・南小泉のどちらかを外して七郷としている記述もあります。)
こんな情報もあります。
明治22年(1889年)4月1日 – 町村制施行にともない、荒井村・伊在村・霞目村・蒲町村・長喜城村・六丁目村・南小泉村・荒浜の計8か村が合併して七郷村が発足。

スタート地点は、若林区役所南側の片道2車線・中央分離帯に歩道と掘割がある場所から。この地区は南小泉といいます。(撮影地点A)

写真奥から手前に水は流れています。道路の下を通り、スーパーマーケットの横を流れていきます。
中央分離帯の堀は奇麗に整備されていました。(撮影地点B)
今時期は、取水口が閉じられ水は流れていません。

ウルスラ学園と若林区役所の境辺りで、流れは北側歩道に出てきます。(撮影地点C)
区役所と公園(養種園跡)の間を流れ、さらに住宅地の間を流れています。

住宅地の細い道を堀に沿って進みます。(撮影地点D)
七郷堀・鞍配堀分水堰があり、広場になっています。(撮影地点E)
広い堀が七郷堀、狭い堀が鞍配堀です。

七郷堀と鞍配堀に沿って見事な桜並木が植えられ、花見を楽しむ場所として有名です。
こちらは、鞍配堀(あんばいぼり)の写真です。(撮影地点F)

「七郷堀をたどって(2)」へ続きます。